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何も知らない彼の背中 告白

last update Last Updated: 2025-05-19 17:23:47

 第5話 何も知らない彼の背中

 あれ以来伊月とは会っていない。伊月に会いに隣の教室に行ったりしたけど、姿が見えなかった。連絡先も交換していない事に、今更気づくとまたいなくなるんじゃないかと不安が押し寄せてくる。

「あれ薫くん、夏樹くんお休みだよ」

 そんな薫に近づいてきた女子の集団がそう教えてくれた。理由は詳しくは知らないようだが家庭の事情との事だった。薫は伊月の事を何も知らない、知らなすぎる。自分の元に帰ってきた事が嬉しくて舞い上がっていた自分に対して嫌悪感を抱きながら、自分の教室へと戻った。

「情けねぇ……」

 凹んでいる自分を隠す余裕はなかった。今の自分に出来る事なんて何もないんじゃないかと自暴自棄になっている。

「そんなに心配なら、家に行けば?」

「……|天田《あまた》先輩」

 美乃里の同級生でもあり、薫の親戚にあたる天田桐也が提案をしてきた。

「なんでここにいるんですか」

「ん〜暇だから観察しにきた」

 変わり者呼ばわりされている桐也は自分が浮いている事に気づいていない。滅多に薫の教室に来る事なんてないのに、ベストなタイミングで現れた。

 まるで全てを知っているように見透かしてくる桐也から逃れる事は出来ない。何故なら一時の過ちで関係を持ってしまった過去があるからだ。

「可愛い彼氏が出来たって聞いたけど、俺諦めてないからな」

「何言ってるんすか。冗談ばかり」

 笑って誤魔化そうとしても通用しない。クラスメイトからしたら笑っている薫を見る事が初めてで、物珍しそうに2人の様子を見ている。

 視線が痛い──

 こんな時、伊月ならどうするかと考えてみるが薫は伊月になり切れない。でもきっと気持ちは同じだと気持ちを奮い立たせた。

 ガタンと立ち上がると引き寄せられるように荷物を手に取り、教室を後にした。そんな薫の様子を見て面白くない桐也は不貞腐れた様子で見つめている。

「薫、待て」

「……」

 一生懸命に走る薫に声をかけるが届かない。どうして自分がここまでしないといけないのかとため息を吐くと、思いっきり息を吸い込み、腹に力をいれ大声を出した。

「家知ってんのか、お前」

 その言葉で我に返った薫は自分が何処に向かって走っているのか不思議に感じた。そしてふらふらと立ち止まると猛スピードで薫に追いついた桐也が頭を小突いた。

「学園出てきたはいーけど。彼氏くんの住所知ってんの?」

「そこまで考えてなかった……かも」

「それ1番重要だろ。お前の事だからもしかして……って思って追いかけた」

 1番大切な事が頭から抜けていた。何処に向かっていたのかも分からない。桐也が呼び止めてくれなかったら、今頃途方に暮れていただろう。

 桐也がもう一度小突くと、困ったように笑いながら口を開く。

「そんなお前、見てらんねぇよ。俺も付き合ってやる」

「桐也くん……でも住所」

「俺について来い」

 第6話 告白

「なんで家知って──」

「ライバルの事はリサーチするでしょ、普通だ普通」

 桐也がどこまで調べているのか不思議に思いながら目の前の光景に圧倒されてしまう。見た感じ普通の家に見えない。壁に隠れて様子を伺っているが、黒塗りの車が数台止まっていて、ガタイのいい男達が出入りしている。勿論家も大きい、どこからどう見ても薫の知っている世界とは程遠い異空間に入り込んだようだった。

「こんな所で見てても時間の無駄だな、行くぞ」

「そうだな」

 同意はしてみたものの、少し勇気が必要だ。ゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと近づいて行った。

「すみません。夏樹くんいますか」

「坊ちゃんに何の用だ」

 伊月と呼びそうになりかけたが、夏樹と呼ぶ約束を守る為に、ここは踏ん張った。その様子をジロジロと見てくる黒服の男は怪訝な顔で睨んでいる。蛇に睨まれるとはこの事かと納得しながら、噛み付こうとした瞬間、異変を感じ取ったかのように、伊月が門から出てきた。

「遅い、何して──薫?」

「来ちゃった」

「マジか」

 いつものふんわりとした可愛い伊月はいない。どちらかと言うとカッコイイ。スーツを着ているのもあるかもしれないが、前髪を上げてビシッと決めてる姿が堪らない様子。ポケーと見惚れている薫を小突くと、桐也が守るように二人の間に割り込んだ。

「薫が心配してんぞ、|伊月《・・》」

「なんでお前が」

「俺は薫の|騎士《ナイト》だからね。この家を教えたのも俺だし」

 そう言って薫の頬にキスを落とすと、伊月に煽り出した。一体何がどうなっているのか分からない薫はそんな事よりプチパニックになっていて、周りが見えなくなっている。

「天田、何してんの? 薫は僕のだから」

「何も言わずに行方くらますお前が悪いだろ」

「ちょっと……2人は知り合いなの?」

 言い合いをしている2人の間に割り込み、力強く聞いてみる。すると桐也はにこにこして口を動かそうとしたが、それを阻止したのは伊月だった。

「なんでもかんでも話すな。巻き込みたくないだろ」

「へぇ〜恩人に対してその態度はダメだな」

「2人とも!」

 仲良さそうに戯れているように見えて仕方なかった薫は見えない絆があるような気がして、2人の会話を強制的に止めた。

「桐也くんは俺の従兄弟なんだよ。俺にとって兄みたいな存在だから、俺が好きなのは伊月だけ」

 咄嗟に告白をしてしまった事に気づかない。それより2人の会話を止めて誤解されたくない気持ちと伊月は自分だけのものだと忠告として気持ちを表に出した。じゃないと遠く感じてしまいそうで仕方なかったからだ。

「薫……」

 突然の告白に感激を覚えた伊月と、その光景が気に入らない桐也。複雑な空気の中で時が止まった。

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